サステナブルな旅をしよう! 井上手漉き工房 井上みどりさん
「サステナブル」という言葉を最近よく耳にするようになりました。一般的には「持続可能な」と訳され、もう少し分かりやすく言うと「ずっと続けていけること」となります。
仁淀川流域の6市町村には、1000年続く土佐和紙文化や、植物学者・牧野富太郎博士が愛した山、もちろん仁淀ブルーを満喫するアクティビティなど、他にもたくさんの体験プランがあります。
そのどれもが自然の恩恵をうけて成り立っているものばかりです。そして、そこには長い時間をかけて育まれた文化や自然を守りながら、魅力を伝え、残そうとしている人たちがいます。旅での出会いや体験を通して、持続可能な未来に少しだけ目を向けてみませんか。
シンプルを大切に 土佐和紙の「記憶」をつなぐ
仁淀川が流れる土佐市は、お隣のいの町と並び古くから土佐和紙づくりが盛んな町です。その土佐市に、3代続く和紙工房に嫁ぎ日々土佐和紙と向き合う女性がいます。
「井上手漉き工房」の井上みどりさんは6年前に27年勤めた会社を退職し、4代目として伝統工芸の世界に飛び込みました。名人と言われた義父の背中を追いながら、たくさんの人に土佐和紙の良さを伝えようと奔走する日々。井上さんにとっての「継承とは」を伺いました。
(井上さん)義父の井上稔夫は、ずっと表具用の和紙を得意とする職人でしたが、「後世に残る和紙を漉きたい」と研究を重ね国宝や重要文化財の補修紙を制作する選定保存技術保持者として活躍した人でした。国宝「明月記」の補修には、義父の和紙が使われています。
その義父が20年前に突然他界し、その後10年は義母が細々と工房を続けていました。いよいよ、どうするか決めなきゃいけないって時に、ふと義父が昔漉いた和紙を見て「なんて、美しいんだろう」と思ったんです。
(井上さん)同時に「こんな美しいものをなくしてはいけない。繋げていきたい」と思いました。
周りから?「やめとけ」としか言われなかったですね。一人前になるまで10年と言われている世界、一人前になった時私は60歳。それは、反対されますよね笑。
(井上さん)私が工房を継ぐと決めたのは、義父が亡くなってから10年後でした。義母に教わりながらスタートとしたものの、工房の経営と技術の習得で毎日いっぱいいっぱい。
当時は、夜寝ていても手が紙を漉いていたらしく、夫にびっくりされたこともありました。でも、「やらなくちゃ」と気負うほど、何もかもうまくいかなくて…。
(井上さん)そんな時、90代になる美濃和紙の職人さんが「わしの漉く和紙はまだまだじゃ」って仰っているのを聞いて、たかだが2~3年の修行で何とかなると思っていた自分が恥ずかしくなりました。
また、義父が残したノートには「和紙作りは子育てと一緒です」と書かれてあって。一枚一枚我が子を生み出すような気持ちで和紙を漉いた義父と、90歳を過ぎてもなお探究心を失わない大先輩、その姿勢から「私は私のできることをやろう」と思えるようになったんです。
(井上さん)土佐和紙を漉く際に使う「簀(す)」と「桁(けた)」。糸には柿渋が塗られていて、丁寧な仕事だと惚れ惚れします。今では、この細かさで作れる職人さんが少ないので、門外不出の我が家の家宝ですね。
海外製のものもありますが、ちょっとした使い勝手が全然違う、和紙を漉く仕事を理解し、職人のことを思って作られているのが伝わります。たくさんの支えで土佐和紙は成り立ってきたのだと感じます。
---------体験が大切なことに気がつくきっかけになれば
(井上さん)「気負わずにいこう」と思えてからは、楽しく「土佐和紙」を知ってもらうため、県外でワークショップを始めました。今は、工房での体験も行っています。難しいことを考えずに「紙ってこうやってできるんだ」を感じてもらいたいです。
出張ワークショップで関西や関東に行くと、「子供が伝統的なものに触れる機会を作りたい」とおっしゃる若いお母さんが多いことに驚きます。皆さんとても熱心で、嬉しいですね。
(井上さん)長い長い歴史の中で、水と植物だけでできた紙が人の生活や文化を豊かにしてきました。
和紙に限らず、ものづくりは、自然を敬い、自然の力を借りながら続いてきたこと、それぞれが役割を果たしながらゆるやかに繋がり循環していることなど、ワークショップで和紙に触れながら、シンプルだけど大切なことに気付くきっかけとなればいいなと思います。
(井上さん)少し前、新しい素材の開発をした大学の先生がテレビのインタビューで「幼い頃の和紙づくりがヒントとなった」と言っていました。その時、伝統工芸の世界は技術の継承とか物の活用などに目がいきがちですが、「記憶」という継承もあると思い至りました。
和紙を作った経験が原体験となり、10年後、20年後、未来の生活を豊かにする発見につながるかもしれない。土佐和紙の「記憶」が新しい形で残っていく、そんな継承もあるんじゃないか。だから、私は一人でもたくさんの子どもたちが和紙に触れる場を作り、「記憶」に残る体験を拡げていきたいと思っています。
最近、2人の息子さんが和紙の仕事を手伝いたいと言ってくれたと嬉しそうに笑う井上さん。「きっと一番喜んでいるのは亡くなった義父ですね」。
周りより少し遅咲きだけれど、柔らかな印象の内に秘めた情熱と信じた道を進む力強さは、土佐和紙の世界に新しい息吹をもたらします。
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【井上手漉き和紙工房】
(住所)高知県土佐市高岡町乙2776
(電話)088-852-0207/090-5147-7839
井上みどりさんの工房でできる手漉き和紙体験はこちら
https://www.tosawashi-inoue.net/
https://www.jalan.net/kankou/spt_guide000000218306/
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